私のなかで数学というのは絶対的(独立的,非依存性)であり,例え論理学であろうとも勝ることのない,ある意味では神の領域ともいえる学問だ.しかし,それは幻想に過ぎない.
古典的な三段論法にせよアラビア論理学にせよ,数学の前では太刀打ちできないと断言したいところだが,論理学も独立して数学と同様に,厳密でまた体系化された性質を持っている.
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古典的な論理学における三段論法に,確率論が入り込める余地はあるのだろうか?結論からいうと,入り込める余地はない.
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All M are P,and all S are M,thus all S are PやNo Mis P, and some S are M, thus some S are not Pといった古典的な三段論法は確定的である.
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確率というのは言うまでもなく,必ずしも確定的ではない.確定されたTrue/Falseの2分とは違い,確率に基づいた操作を必要とするし必然的にそうなる.
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MaP SaM SaPといった三段論法では,大前提,小前提,結論という流れがあり,大前提が成り立つとした上で結論が導き出される.
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大前提と小前提が成り立つ以上は,結論は絶対的に成り立つ.常に確定的であるということだ.
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三段論法とド・モルガンの法則に直接的な関係性はない.
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三段論法の上でもド・モルガンの法則は成り立つ.
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三段論法に確率論が入り込める余地はないが,仮に入り込ませるとしたらTrue/Falseの2分ではなく,確率として操作されることになる.
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その場合に,ド・モルガンの法則は崩れるだろうか?結論からいうと崩れない.
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AとBが同時に起こらない確率(¬(A ∧ B))は,Aが起こらないかBが起こらない(¬A ∨ ¬B)確率と常に等しくなる.
これら,必ずしも数学的証明を必要とはせず,論理学として成り立てば,それで整合性がとれたことになる.
私が最初に述べた"数学が絶対的(独立的,非依存性)な学問"というのは事実だが,“例え論理学であろうと勝ることのない"というのは間違えであり,そもそも比較することに意味はないという結論に至る.
論理学は独立的(非依存的)に,数学と同等(または類似した)厳密でまた体系化された性質を示すことができることを意味する.